◎世界の見取り図THE WORLD IN CONTEXT

世界・医療制度 · 医療人材の不足

世界の医療従事者は増えたのに、なぜ医師不足が続く?WHOの「4人に1人が55歳超」を読み解く

WHOの2026年発表が示す医療人材の増加と地域格差、122か国の医師の年齢構成を読みます。養成・雇用・配置・定着と国際採用の条件から、人数が増えても医療が届かない理由を解説します。

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事実、各国の主張、編集部の解説を区別して紹介します。記事の更新日は資料確認日です。速報や現在の戦況・選挙予測を保証するものではありません。

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医療人材の増加と不足はなぜ両立するか

世界では医師や看護職などが増えている。それなのに、近くに診療してくれる人がいない、予約が取れない、病院が看護職を確保できないという問題はなぜ残るのだろう。世界保健機関(WHO)が2026年10月19日に公表した説明は、この一見矛盾する事実を同時に示している。2006年から2025年にかけて、医師・看護師と助産師・歯科医師・薬剤師を合わせた人口1万人当たりの密度は44.8人から67.9人へ増えた。他方、地域格差は極めて大きく、最新データがある122か国では、平均して医師の約4人に1人が55歳を超えるという。[1]

答えは、世界で働く人の総数が増えることと、必要な場所に必要な職種・技能・時間を提供できることは別だからだ。 人員の増加を上回る高齢化による需要、退職による補充の必要、都市と地方・国と国との偏在、採用・定着の難しさが重なると、人数の増加は患者の身近な医療の改善へ十分つながらない。本稿は、WHOが確認した事実と、そこから考えられる仕組みを分けて説明する。

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「52%増えた」は何を数えた数字なのか

まず「医療従事者は52%増えた」とだけ読むのは正確でない。WHOの10月19日付発表に出てくる52%は、人口1万人当たりの特定の四職種群を合わせた密度の2006年から2025年への変化である。44.8から67.9への増加率を計算すると、(67.9−44.8)÷44.8=約51.6%で、四捨五入して52%になる。これは世界のすべての介護職・専門職を一括して52%増と数えたものではない。公表には世界の保健・ケア従事者が7,000万人を超えるという別の人数指標もあるが、定義が異なる数字を同じ表の同一系列として扱わないことが必要だ。[1]

人口当たりの密度は、単純な総人数とも違う。例えば架空の国で医師が1万人から1万2,000人へ増えても、人口が100万人から150万人へ増えれば、人口1万人当たりでは100人から80人に低下する。反対に人口が減れば、医師が増えなくても密度は高くなる場合がある。これは仕組みを説明する計算例であり、WHOのどの国の実測値でもない。だから人数と密度だけでなく、年齢別人口、病気の頻度、診療の種類を照合する必要がある。

WHOによれば、世界の医師密度はWHO欧州地域とWHOアフリカ地域で13倍の差があり、看護師・助産師の密度も6倍違う。[1] これは「欧州で13倍質の高い診療をしている」という測定ではない。密度は供給の一側面であって、医療へのアクセスや診療の質の直接指標ではない。ただし同じ人口規模でも、提供できる診療の選択肢が地域によって大きく異なることを示す、見逃せない入口だ。

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増加が患者の実感へ届くまでの四つの段階

一つ目は教育すること。医学部や看護学校の入学者を増やしても、すぐ現場で熟練者を増やせるわけではない。入学、養成、資格、現場経験という時間差がある。その間にも現在の職員は退職し、患者の需要は変わる。教育施設を増設する費用と、教育を受けた人を雇う費用は別である。学校卒業者数だけで翌年の診療能力を計算すると、ここでずれる。

二つ目は雇用すること。資格を持つ人が国内に存在しても、病院・診療所の予算やポストがなければ、その人が希望する地域で働くとは限らない。WHOは医療人材について教育だけでなく、雇用、配置、定着、業務の質までが課題だと整理している。[2] 「有資格者がいる」「現役で医療サービスに従事している」「患者が必要な時に会える」は三つの異なる段階なのである。

三つ目は配置すること。都市の大病院に専門職が集中すれば、国全体の平均密度は上がっても離島や山間部の患者は移動を強いられる。WHOの地方・遠隔地人材の指針は、国家レベルで不足がない国でも配置の不均衡が起こり得ると述べている。[3] 配置を考える際には、賃金のほか、家族の住環境、研修の機会、支援してくれる同僚、働く安全性などの条件も確認したい。どの条件が実際に離職を左右するかは地域ごとの調査が必要だ。

四つ目は定着すること。新しく採用しても、職場を離れる人が多ければ純増は小さい。仮に一年に100人を採用し、90人が退職・移籍すれば、増えるのは10人にとどまる。この数字も説明用の架空例だ。勤務時間や負担、病院の経営、人材の移動先が影響するため、募集人数だけを成果とみなせない。四段階のどこに障害があるかによって、有効な対策は異なる。[2][3]

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「4人に1人が55歳超」は全世界の医師の確定割合か

WHOは、最新の利用可能なデータがある122か国について、平均すると医師の約4人に1人が55歳を超え、今後10年間に退職する見込みだと説明した。高所得国に限ると約3人に1人という。[1] ここには大切な限定がある。「122か国の最新データに基づく平均」を、そのまま「全世界のすべての医師を数えた実測」と言い換えない。国によって統計年や医師の資格・就業の把握方法が異なる可能性も考慮しなくてはならない。

55歳を超えた医師が全員、同じ年齢で必ず退職すると決まったわけでもない。公表の「今後10年」という表現は今後の職員構成を考えるための目安であって、翌年に25%の医師が失われるという予言ではない。実際の離職時点は年金制度、就業環境、本人の選択によって変わり得る。若い医師の養成が進む国もあれば、退職のペースが教育と採用を上回る国もある。したがって今後の供給を考えるには、現在の総人数だけでなく年齢構成を見なければならない。

また患者側の高齢化も同時に進む。高齢者が増えると、慢性疾患の継続診療、服薬管理、在宅支援やリハビリテーションなどが必要になる可能性が高まる。ここから「高齢者一人が必ず何回診療を受ける」という固定率を作ることはできないが、WHOは職員の高齢化と人口の高齢化が同時に医療制度へ圧力をかけると指摘している。[1] 供給する側の世代交代と、サービスを必要とする側の変化を一つの数字で見るのは難しい。

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医師が不足しても、看護師を増やせばすべて解決するのか

医療は一つの資格の人だけで完結しない。外来診察、検査、調剤、助産、慢性疾患支援では異なる専門性と連携が必要だ。医師密度と看護師・助産師密度がWHOの発表で別々に示されているのも、そのためである。[1] ある職種を増やしても、別の職種が不足すれば患者が受ける一連のサービスの途中で滞る可能性がある。例えば医師の診断後、看護、検査、薬剤供給、紹介先の受入れまでが必要なのに、どこかで滞れば「医師だけ増やす」対策では十分ではない。

逆に、人材の役割分担を適切に見直し、訓練と監督、必要な設備をそろえられるなら、同じ人数で診療を受けられる人が増える余地もある。ただし、資格や法制度の違う職種が無条件で互いの業務を代替できるわけではない。医療安全や専門性の基準を守ることが前提になる。「人数不足」と「仕事の組み方の問題」を切り分けることで、患者に届くサービスを考えやすくなる。

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海外から医師を採用すれば、国全体の不足は埋まるか

移住は受入国にとって一つの対策になり得る。しかし、人材が流入する国と流出する国を合わせれば、人が生まれるわけではない。保健制度が弱い国から多くの専門職が移動すると、元の国の不足が強まる恐れもある。WHOは保健人材の国際移動を、個人の移動の自由・権利を尊重しつつ、受入国と送り出す国の双方の人材育成に配慮する課題としている。[4]

WHOの国際採用に関する行動規範は、倫理的な採用と国際協力を促す任意の枠組みであり、各国の法制度とは区別される。職員個人の渡航や就職の権利と、国による積極的な大量採用政策は区別する必要がある。[4] 送り出す国の教育支援や、移動が多い職種の労働環境改善も、国際的な人材政策の一部になる。2026年5月の改正では、ケア職として国際採用される保健人材、緊急時への適用、送り出す国と受入国の双方が利益を得るための共同投資などが加えられた。受入側の採用だけでなく、元の国の人材育成と医療体制も支える考え方である。[5][6]

この仕組みを身近に考えるなら、「ある県の病院が隣県から専門医を採用できた」という出来事を想像するとよい。採用した病院には利益があるが、隣県に代わりの専門医がいなければ、広域での供給不足は残る。国内移動と国際移動は制度が異なるものの、「移動が総供給を必ず増やすわけではない」という点を理解するための例である。

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「2030年に1,110万人不足」は、今の欠員の集計か

WHOの発表は2030年に世界で約1,110万人の保健人材不足が見込まれるとする。また67か国は、2030年までに住民の健康上の必要を賄うだけの人材が十分でない見通しだと説明している。[1] これは2026年の病院の求人票を単純に合計した人数ではない。将来の必要と供給を見通す不足の予測であり、状況や政策が変われば結果も変わり得る。

「不足」の基準自体が重要になる。病院の運営者がいま採用したい人数と、住民が必要な医療を受けるための基準からみた人数には差があり得る。求人がゼロでも、必要な診療が提供されているとは限らない。一方で人員数だけ見て機械的に不足と判定するのも危うい。どんなサービスが、誰に、何時間提供されているかという機能の確認が必要だ。[2]

予測の大きさを「もう避けられない結末」と扱うべきでもない。養成・採用・定着・役割分担に政策を組み合わせれば改善する部分がある一方、すべての国に同じ政策が効くとは限らない。医師数が多い都市で労働条件の見直しが必要な場合と、育成の拠点自体が少ない地域では、優先する手段が異なるからだ。

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統計が増えれば、必要な支援も見つけやすくなる

WHOによると、2025年には加盟国の9割超が保健人材データを積極的に報告し、各国から収集できる情報量は2017年にNHWAを始めた頃と比べて約20倍になった。[1] これは「医療が20倍良くなった」という意味ではない。どこにどんな人材がいるかを把握する資料が増えた、という報告である。集計が整うほど不足が初めて目に見える地域もあり得るため、統計上の不足の増減を読む際には把握範囲の変化にも注意が必要だ。

計画する側は、医療人材を「一つの国の棒グラフ」にせず、地域別・職種別・年齢別の複数の地図として考えると理解しやすい。例えば仮に医師100人の都市が高齢化し、別の地方では医師10人が比較的若くても、同じ人数を追加する政策が両地域にとって最適とは限らない。都市では退職する専門医の後任確保、地方では長距離移動と職員の定着支援が焦点になる可能性がある。人員の年齢構成と住民の年齢構成を別々に確認して初めて、どこを先に支援するかが見える。

人材政策の効果も、次年度の入学者数だけでは判定できない。まず地域で必要なサービスを調べ、次に人材の養成や資格取得までの期間を見積もり、実際に働く場所と継続年数を追う。その後、患者の移動負担や受診までの待ち時間が改善したかを確かめる。最後の結果は人員配置以外の交通・設備・病気の状況にも左右されるため、改善があったとしても「医師を増やした政策だけの因果効果」とは直ちに断定しない。統計と現場の変化を照合する順序が必要なのである。

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日本の読者は何を確かめればよいか

世界平均や欧州とアフリカの比較から、日本の診療待ち時間や医師不足の原因を直接決めることはできない。国ごとの医師資格、年齢構成、診療科の構成、看護職との連携、地域の人口移動、制度上の診療時間が違うからだ。身近な報道で「医師が増えた」「病院が採用難だ」という両方を見たら、国全体か都道府県か、医師だけか全保健人材か、人口当たりか実人数か、何年の数字かを最初に確認するとよい。

次に、比較したい問題を明確にする。救急搬送の受入れ難、地方の産科、慢性疾患の継続診療では必要な職員構成も違う。「医師不足」という言葉に一つの万能指標はない。患者として今すぐの受診先を探す行為は別であり、この記事が個別の医療機関の体制や受診の緊急度を判定するものではない。

最後に、投入額や採用者数だけでなく、実際に地域へ残った職員、勤務できた時間、住民のアクセスの変化を見たい。WHOの報告が伝えるのは、人数という入口だけで医療の到達点を測れないという警告である。国際比較の数字を通じて、教育から雇用、配置、定着までを一つの道筋として考えることが、矛盾を解く鍵になる。

人口1万人当たりの医師数だけを並べたランキングには、医療の現場で実際に働く時間や、言語・交通の障壁も映らない。都市の医師数が多くても、診療科の構成が住民の必要と合っていなければ、ある種類の診療だけが不足する。したがって「先進国だから安心」「途上国だからすべてが不足」といった単純な国別評価も避けたい。WHOが示した地域間の差は課題を発見する出発点であり、一人ひとりの医療の質を保証または否定する判定ではない。

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結局、なぜ増加しても不足するのか

世界の人材密度は確かに改善した。それでも医師密度の地域差は大きく、人口と医師の双方が高齢化し、教育した人が必要な場所へ就職し続けるとは限らない。人数の増加が住民の医療へ変わるには、育成、雇用、配置、定着、職種間連携がつながる必要がある。 WHOの「4人に1人」という数字は、明日4分の1が退職するという意味ではなく、その連鎖を将来にわたり維持できるかを問う数字なのである。

SOURCES & CONTEXT

出典・一次資料

  1. WHO「One in four doctors nearing retirement age as WHO warns of global health workforce gap」ページ表示2026年10月19日(URL内18-09と相違)。本文の密度・地域差・122か国年齢・2030年予測・報告状況。2026年10月20日確認。
  2. WHO「Health workforce」Overview、教育・雇用・配置・定着、予算による就業制約。更新日未表示、2026年10月20日確認。
  3. WHO「WHO guideline on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas」2021年5月6日、刊行概要の国内偏在。指針104頁本文は未読。2026年10月20日確認。
  4. WHO「Addressing the international migration of health workers」活動本文の流出入・双方の保健制度と倫理的採用。更新日未表示、2026年10月20日確認。
  5. WHO「WHO Global Code of Practice on the International Recruitment of Health Personnel」2010年5月20日、規範の目的・任意性の公式概要。2026年10月20日確認。
  6. WHO「WHO Global Code of Practice on the International Recruitment of Health Personnel amended」2026年5月29日、改正事項と共同投資。2026年10月20日確認。

公的文書、国連資料、選挙機関などの一次資料を優先します。政府資料はその政府の立場を示すこともあり、出典があることだけで中立とみなさず、事実と解釈を分けて伝えます。

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