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世界・公衆衛生 · 抗菌薬耐性

「抗菌薬耐性は感染6件に1件」?WHOの統計で分かること・分からないこと

WHOが2025年に示した「約6分の1」は、2023年の検査で確認された細菌感染についての統計です。世界人口との違い、菌と薬の組み合わせ、監視体制の限界から、抗菌薬耐性の数字を読みます。

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事実、各国の主張、編集部の解説を区別して紹介します。記事の更新日は資料確認日です。速報や現在の戦況・選挙予測を保証するものではありません。

01

感染6件に1件という統計の分母

世界保健機関(WHO)の発表を「6人に1人」と受け取ると、世界中の人の6人に1人は抗菌薬が効かなくなった、と考えてしまいそうだ。しかし、それは誤読である。WHOが2025年10月に公表し、2026年7月の公式解説でも扱うのは、2023年の検査で確認された特定の一般的な細菌感染のうち、抗菌薬への耐性が見られた感染のおおよその割合である。世界人口を分母にした値ではないし、すべての感染が全種類の薬に耐性を持つという意味でもない。[1][2]

それでも深刻な問題である。抗菌薬が効きにくい細菌が増えると、ふだん治療可能な感染症で有効な薬を選ぶことが難しくなる。手術やがん治療など、感染を防ぎ・治療できることを前提とした医療にも影響が及び得る。今回の数字を正しく読むには、薬が効きにくくなる仕組みと、どの病気について誰の検査結果を集めたのかを分けて考える必要がある。[2][5]

02

耐性を得るのは人間の体ではなく、病原体の側

「抗菌薬を飲みすぎると体が薬に慣れてしまう」と言われることがある。しかし抗菌薬耐性の中心は、細菌などの病原体が薬に反応しにくくなる性質を持つことだ。人の体そのものが薬を無効にする能力を得る、という説明ではない。細菌は増える過程で変異を持つ場合があり、薬が存在する環境では効きやすい細菌が減る一方、薬に耐えられる細菌が残りやすくなる。このような選択が積み重なれば、耐性を持つ細菌の割合が増える可能性がある。[2][5]

例えば、一種類の抗菌薬に弱い細菌と、その薬に耐える細菌が混在する架空の環境を想像しよう。薬によって前者が抑えられると、後者が相対的に目立つ。もし周囲の人や環境に広がり、新たな感染を引き起こせば、治療時に同じ薬が効きにくい人が増える。これは考え方を示す単純化した仮想例で、実際の耐性の成立には菌種や耐性遺伝子、薬剤や人の条件などの違いがある。

そして「耐性菌」という言葉も単一の存在を表すわけではない。大腸菌、肺炎桿菌など別の細菌種があり、同じ細菌でも抗菌薬の種類によって効きやすさが異なる。薬Aには耐性があっても薬Bについて同じ結論になるとは限らない。検査で病原体と薬の組み合わせを調べるのはこのためだ。WHOの報告も、感染症の種類・細菌・抗菌薬の組み合わせを区別して評価している。[1][3]

薬への耐性は抗菌薬の不適切な使用で選ばれやすくなるが、薬を飲んだ経験がない人が耐性菌に感染する可能性もある。すでに広がった耐性菌を他者から受け取る場合があるためだ。反対に、抗菌薬を適正に使用した人が必ず耐性菌を持つということでもない。「だれが薬を飲んだか」だけで一人ひとりの感染原因や責任を断定しないことが大切である。[2][5]

03

「6人に1人」の分母を確かめる

WHOは2025年10月13日の公式発表で、2023年に世界で検査により確認された一般的な細菌感染のうち、およそ6分の1が抗菌薬に耐性を示したと説明した。2026年7月更新の事実解説もこの数字を示す。ここで対象は「検査で確認された細菌感染」であって、世界の全住民ではない。健康な人まで含めた人口や、風邪など原因が細菌でない病気をすべて分母にした割合でもない。[1][2]

もし架空の病院で、ある調査の定義に合う細菌感染を600件確認し、そのうち100件に対象薬への耐性が見られたなら6分の1となる。ただしこの仮想計算はWHOの元データではない。WHOの公式刊行概要は、感染症・病原体・抗菌薬の組み合わせごとに調整した世界・地域推計を示すと説明している。単純に世界の感染者を6で割って耐性菌感染者数を推定する計算は適切でない。[3]

WHOの2025年報告案内によれば、血流、尿路、消化管の感染症と泌尿生殖器の淋菌感染などについて、合計2,300万件を超える細菌学的に確認された事例を分析の基礎とした。2023年の報告国は104か国、2016〜2023年の期間を通して報告があった国は110か国である。2,300万件は世界全人口の感染を漏れなく集計した件数ではないし、2023年単年に世界で生じた耐性感染の総数を示すものでもない。[3]

この報告は2023年の感染症・病原体・薬剤の93の組み合わせについて世界・地域推計を示し、2018〜2023年の変化を16の組み合わせで追った。数え方を変えれば結論も変わり得るので、年や感染症の異なる数値を同列に比較しない。世界全体の概況を示す数字と、特定の患者にどの薬を使うべきかという個別判断は、必要な情報の精度が違う。[3]

04

耐性が「増えた」というニュースの落とし穴

WHOは2018年から2023年の間、監視した細菌・薬剤の組み合わせの4割を超える組み合わせで耐性が増加し、増加が見られたものでは年平均およそ5〜15%の増加を報告した。「すべての菌で毎年15%ずつ悪化している」とは言っていない。組み合わせごとに変化の方向と大きさが異なり、一つの割合を全疾患へ当てはめることはできない。[1]

さらに統計は検査の仕組みの影響を受ける。軽症の人より重症で入院した人の方が検体を採られやすい地域では、検査に現れる菌の種類が集計対象へ偏る可能性がある。検査を行える病院が少なければ、感染そのものが発見されにくい。前年より「報告された耐性の件数」が増えても、病気が増えたのか、検査が広がって見つかる件数が増えたのかを分ける必要がある。[3][4]

WHOの2025年発表では、GLASSという監視制度への参加は2016年の25か国から2023年の104か国へ増えた。その一方で2023年には48%の国がデータを報告せず、報告国の約半数も信頼性の高いデータを生み出す仕組みが十分でないと説明されている。参加国の増加は監視の改善を示すが、数字が完全に世界を代表している証明にはならない。[1]

たとえばこれまで検査できなかった地方病院に検査機器が入ると、過去には数えられなかった耐性菌が見つかるかもしれない。これは公衆衛生上の把握能力が改善した結果でもあり得る。逆に、検査を受けられない地域で深刻な耐性菌感染が続いていても統計に表れない場合がある。監視能力の差を無視して国別順位をつけると、検査の弱い国の危険を過小評価しかねない。

05

地域の比較では「世界の6分の1」だけでは足りない

WHOの2025年公式発表では、南東アジア地域と東地中海地域で報告された感染の約3分の1、アフリカ地域では約5分の1に耐性が見られたとの説明がある。ここでの地域区分はWHOの地域区分であり、ふだんの地理的な「アジア」「アフリカ」の全てを同じ数値で表したものではない。報告された感染の構成や監視の能力にも差がある。[1]

また、地域別の値を一人の旅行者や患者の危険度へ直接置き換えてはいけない。体調、接触した細菌、感染した臓器、治療歴、地域ごとの医療施設など条件が違うからだ。数字は「その地域の全員が同じ確率で耐性菌感染する」という確率ではないし、旅行をしてよいかという個人の判断を単独で決める指標でもない。

WHOは血流感染に関係する大腸菌や肺炎桿菌についても強い懸念を示す。第三世代セファロスポリン系への耐性が、大腸菌では世界で4割超、肺炎桿菌では5割超と説明されている。ただしこれは対象となる細菌と薬の組み合わせの耐性割合で、あらゆる感染の4割・5割に抗菌薬が全く効かないという意味ではない。感染部位と薬剤選択の違いを理解しないまま数字だけを広げないことが重要だ。[1]

06

なぜ医療現場の問題が世界全体の問題になるのか

抗菌薬が効きにくくなると、一部の感染で治療の選択肢が狭くなる。別の薬を使わざるを得ない場合、費用が高い、入手が難しい、副作用への注意が必要などの課題が生じ得る。感染の治療が長引けば入院や追加検査が必要になる場合もある。WHOは耐性が重症化・死亡リスクや医療費に関わると説明しているが、患者一人ごとの転帰は菌種と治療可能性などの条件で変わる。[2]

問題が国境を越えるのは、人だけでなく食品や動物、環境を通じて微生物が広がり得るからだ。医療機関の感染対策だけでは対処が完結しない。WHOは「One Health」という考え方の下で、人、動物、農業、環境にまたがる連携を重視している。家畜の飼育、排水、医薬品へのアクセスの問題まで視野に入れる必要がある。[2]

また、新しい抗菌薬を開発することだけでも解決しない。抗菌薬は必要な人に届かなければ意味がないし、使い方が適切でなければ新たな耐性が選ばれ得る。安全な飲み水、衛生、予防接種、早期診断、感染を広げない対策は、そもそも感染症を減らして抗菌薬が必要になる状況を少なくする働きがある。WHOは医薬品の適正な使用と感染予防の両方を政策の柱としている。[2][4]

07

「使わないほどよい」という結論にもならない

抗菌薬耐性を減らすために、細菌感染で必要な抗菌薬まで避ければよいというわけではない。WHOは、治療に必要な薬や品質が確かな診断へ公平にアクセスできることも重視する。必要な治療が受けられない地域では、耐性菌の問題に加え、普通の感染症でさえ深刻化するおそれがある。したがって「抗菌薬を減らす」と「必要な時に適切に使えるようにする」は、同時に考える課題である。[2]

一般の読者が区別できる基本は、抗菌薬が主に細菌を標的とする薬であることと、抗ウイルス薬など別の薬とは分類が異なることだ。「AMR」は抗微生物薬への耐性を広く指し、細菌以外の病原体に関する問題も含む。一方、本稿が主に解説する2025年WHOの「抗菌薬耐性」調査は細菌・抗菌薬の組み合わせに焦点を当てている。二つの集計を混ぜないことで、風邪に抗菌薬を使うかという別の医療判断の話へ飛躍せずに済む。[2][3]

個人の症状に対してどの薬が必要か、処方をどう変更するかは医療者の判断が必要だ。この解説は抗菌薬の開始・中止・用量を指示するものではない。ここで伝えたいのは世界の監視データの意味と政策の課題であり、特定の患者への治療選択を行うことではない。

08

数字を知った読者は、何を確認できるか

耐性菌について新しい研究や行政発表を見たら、まず病原体の種類と感染症の種類、調べた薬の名称を確認する。「耐性菌が増えた」という見出しだけでは、どの菌がどの薬に耐えているか分からない。次に、患者を対象とした検査の割合なのか、一般人口の有病割合なのか、症例件数なのかを確かめる。分母が違えば同じ百分率でも意味は変わる。

そのうえで対象年、検査国、推計の調整方法、データ欠落を確認する。国によって検査体制が違えば、測定できたものの比較にも限界がある。WHOがGLASSの整備を求めるのは、耐性を抑える政策の前に、どこで何が起きているかを信頼できる方法で把握する必要があるからだ。[4]

たとえばニュースに「ある病院で耐性菌の割合が30%」とだけ書かれていたら、それは何の薬に対して30%なのか、検体は尿か血液か、入院患者だけか、1年間の記録かを確認したい。また、検査方法が以前と変わっていないかも大切だ。これらがないまま「その地域では薬が全く効かない」と読むのは、数字の支持する範囲を超えてしまう。

予防策を評価する際も、抗菌薬の販売量が減ったという一つの数字だけで感染症対策が成功したとは言えない。重症感染を見つけられるようになったか、適切な薬を使えたか、耐性菌の感染自体が減ったかを見ていく必要がある。検査能力が拡張して報告件数が増えても、それを必ず悪化と呼ぶのではなく、検出と発生を分けて解釈したい。

結論として、WHOの「約6分の1」は世界の人の6分の1が薬に強くなったという意味ではなく、特定の細菌感染に関する検査と推計で見られた耐性の割合である。脅威が大きいことは確かでも、全ての薬が役に立たなくなったという話ではない。適切な診断と治療へのアクセス、衛生や予防接種、病原体・薬剤別の監視を組み合わせることが、医療を守る現実的な課題になる。[1][2][3]

09

感染症を減らす対策と、耐性菌だけを数える対策は違う

ある地域で衛生設備を改善したところ、細菌による感染全体が減ったとする。この場合、耐性菌感染も減る可能性があるが、耐性の「割合」だけを見ると改善が分からないこともある。例えば感染が架空の100件から50件へ減り、耐性菌の感染が20件から10件へ減った場合、耐性菌感染の件数は半減したのに、耐性の割合はどちらも20%となる。反対に、感染全体が減っても耐性菌感染が横ばいなら、耐性割合は上昇し得る。

この例はあくまで算術の説明であり、WHOが特定地域で確認した実績ではない。感染の絶対数と、検査で確認された感染のうち何%が耐性だったかという比率は、違う政策課題を表す。前者には感染そのものを減らす対策が、後者には薬を適切に使う仕組みや耐性菌の伝播を抑える対策が関わる。一方だけを追うと、もう一方の改善を見逃す可能性がある。[2][4]

さらに、検査で使われる抗菌薬の種類が変われば、同じ地域でも「耐性あり」の判定構成が変わる。検査対象になった菌が重症患者に偏っているかどうかも重要だ。研究を読むときに細菌名・薬剤名・対象患者・分母を確認するのは、細かな専門家向けの作法ではなく、見出しの数字を日常の危険と混同しないための基本なのである。

SOURCES & CONTEXT

出典・一次資料

  1. WHO「WHO warns of widespread resistance to common antibiotics worldwide」2025年10月13日。2023年の耐性割合、地域差、経年変化、監視体制。2026年10月20日確認。
  2. WHO「Antimicrobial resistance」Fact Sheet、2026年7月16日更新。定義、感染予防、アクセス、政策。2026年10月20日確認。
  3. WHO「Global antibiotic resistance surveillance report 2025」2025年10月13日。公式刊行概要の分析対象・国数・調整推計・経年比較。2026年10月20日確認。
  4. WHO「Global Antimicrobial Resistance and Use Surveillance System (GLASS)」Scope、Structure、Routine surveillance。更新日未表示、2026年10月20日確認。
  5. ECDC「Factsheet for the general public – Antimicrobial resistance」What is antibiotic resistance?、Causes、The problem of antibiotic resistance。更新日未表示、2026年10月20日確認。

公的文書、国連資料、選挙機関などの一次資料を優先します。政府資料はその政府の立場を示すこともあり、出典があることだけで中立とみなさず、事実と解釈を分けて伝えます。

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